Kotobanoyukue

自分が何者か忘れぬように

純粋な私でいたい欲からの卒業

中身が中二のババアからの脱却。私の2019年のテーマにする。最近、本、ドラマ、ラジオ色々このテーマのものに触れている。どう現実折り合いをつけて理性的に生きるか。感情は裏切るし疲れるけど、理性は裏切らない。

私は小5の学級委員並みに正義感が強くて理想高い。そして、「ズルイ」ことにとても敏感。ズルく生きるくらいなら死ぬ!くらいの。誰にでも誠実でいれば、誠実さが返ってくる。みたいな。んなわけねー。

ある意味夫の稼ぎでぬるいエセ幸せ家庭生活を送ってきて、頭の中お花畑だった。生活に困らないからこその絵空事のような悩み。僕ーが僕ぅであるためにーとか、本当の自分って何だろう?とか、思春期から自分らしさにこだわり続けて20年近い時が経った。でももう正しさにこだわるのはやめる。正しいも間違いもない。

歳を重ねるともう矛盾、理不尽、矛盾、理不尽なことばかり増えてきて、いちいち「許せない!ふんがー」とすることに対して、頭ではわかってたけど、最近心の底から無意味に思えてきた。

人は変わる、私は純粋汚れなき聖女でいるために周りが変わるべき、と思っていた。

でもどうも違うみたい。37歳の秋。私は離婚のために弁護士をつけた。