Kotobanoyukue

自分が何者か忘れぬように

新年を迎えて

新年というのはありがたい。とにかく家庭のゴダゴダを抱えつつも心機一転頑張ろうという気持ちになる。新年にリセットされる喜びから、財布の紐が緩くなる。私はまったくバブルの恩恵に預かれてないが、今の若い子のように悟っていない。それなりに気持ちが浮つく。それは幼少期、好景気に沸いた年末のムードを知っているからだ。その淡い思い出は、亡霊のように私にまとわりつく。そして12月下旬から異様に購買欲が高まるのだ。

年末は正月用の食材を買いに築地に出向き、あんこう、マグロ、タコなどの魚介やお漬物を買い、その足で銀座に。サンローランの新作の財布を買い、年明けもセールでデパートざんまい。今日届いたカードの明細にがっくりきた。たぶん、来月もがっくりくる。収入は新卒OLに毛が生えた程度なのに、金遣いだけは年相応で怖い。でも良い。私は煩悩まみれの凡人として生まれたので、お金を出す快楽は定期的に与えなければならない。物を買うことよりも、クレジットカードを出す瞬間が好きなのだ。私お金がないのにイケナイことをしているという瞬間が好き。例えていうなら、パチンコの糞台に1万円を吸い込ませる感覚。
まあでも働けばいいんだし。自分で自分を満たさねば力が出ない。セールでゲットしたピカピカのネイビーのパンプスを履くことを思えば、会社に行く気になるかもしれない。労働と消費の追いかけっこ、私のような貯金がない不良妻でも日本経済を回してるのだ。参ったか。
使ったお金以上のものが返ってくるはず。お金を使えば誰かが喜ぶ。何かを我慢した先に楽しいことなんてない。