Kotobanoyukue

自分が何者か忘れぬように

人に役に立つ仕事をしたいっていう意味が分からない

テレビとか見ているとエリートと呼ばれる学生たちが口をそろえて「人の役に立つ仕事をしたいといっている」。教育強者の親に育てられた、(学生時点で)勝ち組の彼らが発することの言葉に育児のヒントがあると思った。

私は親に「自分のしたいことをしろ」といわれていた。さして親が私に関心がなかったこともあり、思う存分自分のしたいことをしてきた自負がある。私は仕事だけじゃなく生き方のスタンスとして「誰かの役に立ちたい」なんてこれっぽちも思ったことない。自分のしたいことをするために「仕事」があり、その先の快楽がある。誰かのためなんかじゃない。

こんな自分はアラフォーに近づき、組織人として弱さが出てきた気がしてきた。このくらいのモチベーションでは魑魅魍魎はこびる会社という場所で長期戦に堪えられるメンタルを維持できるかどうか。自分のためだけに働くというスタンスは、スランプの時に自暴自棄になりやすい。

おそらくみんながいうように「誰かを喜ばせてこそがことが仕事の醍醐味」で、人間的な成長にもつながるのだろう。

私は娘に何度もこう伝える「人の役に立つ仕事をしたほうがよい」と。それと彼女には酷かもしれないが、大学卒業したら同じ都内にいても家を出ろ、自分で稼いで自立しろと、口を酸っぱくして伝えている。このふたつさえうまくいけば育児終了だと思っている。彼女なりに「人の役に立つ仕事」を探し出してほしい。家の追い出しと就職ワンセット、その就職先が、彼女のしたい「人の役に立つ仕事」だったらいいなと思う。