Kotobanoyukue

自分が何者か忘れぬように

出世したくないんじゃなくて、できないって話

最近仕事が暇すぎて、YouTubeで作業用雨音を聞きながら、10分で書き終える記事を1時間かけて書いている。窓際なので、たまに向かいの汚いビルをぼけっと眺める。

私の部署は層が厚い、上がつかえている、かつ私の能力も高いわけではないので、どうも出世しなさそうだなと思っていたが、周りが役職がつきはじめ、ぼんやりとした予測が現実になってることに気づきはじめた。 

私は出世しないのではなくて、できないのだ。この私が出世街道がどうとか、レールがどうとか考えるなんて。会社ってつくづく恐ろしいとこだ。大笑いだ。世の中、斜めに構えてぼーっと突っ立っていたら、周りは違うステージへ。本気で仕事するなんて、ちょっと違うよね?という、スタンスがちょっと揺らいでいる。でも、きっと出世しないことより孤独が問題なのだと思う。社内外交もしないし。 

私はプレーヤー平社員としてどんな心構えであと30年近く働くのか予測がつかない。毎日自殺しに行く心待ちで会社に行って、毎月機械的に振り込まれる給料だけを受け取り、それはマッサージや鍼灸などの心身メンテナンスと子どもの習い事に溶かし、そしてまた週明けも自殺する心待ちで会社に行く。夜は娘が寝たら1mmもソファから動かず、酒を飲みながら海外ドラマを見るという知的さのかけらもない生活。 

とはいえ、土日は自主的に勉強はしてるし、情熱はないものの、目の前の業務には真面目に取り組む。でも、それじゃ足りんだ!という、謎のプレッシャーを1人で感じ、1人で焦っている。誰もけしかけても期待もしていないのに。 

先日むかし登録していた転職サイトからスカウトメールが届いた。タクシー運転手の仕事だった。ここで死んでも、まだ生きる道はありそうでほっとした。