Kotobanoyukue

自分が何者か忘れぬように

発達障害児の言葉を意訳してみた

この前NHK発達障害児をもつママのお悩み座談会のような番組をやっていた。
「そうなの~わかるわかる」と私がうなずいたのは、ママたちではなく当事者(発達障害児)の声だった。

彼らは幼いので、自分の気持ちを人にうまく説明できないし、大人に「理解されないこと」に慣れている。また、これまでの経験から、自分がいわゆる「大人受けしない」子どもであることは理解しているので、自分に自信がない。無条件に人に受け入れられる経験が不足しているので、ついつい突っ張ったような物言いをしてしまう。

ここで、発達障害児「あるある」ワードから、私なりに意訳いたします
(異論は認めます)。


・「イヤだ!」「したくない!」

→(意訳)

感情のマグマが爆発して戸惑っている。
人に説明なんてしている余裕はない。
被害者はお母さんじゃなくて、この私。
そこんとこはっきりさせてから出直せ。

詰問されると、余計に答えたくなる。
暴れてやる。困らせてやる。
でも本当は制御不能の自分を受け止めて欲しい。


・「知らない!」「わからない!」

→(意訳)

自分の気持ちがいいたくない。
思いはあるけど、うまく言葉にできないし。
どうせわかってくれないし、もしわかってもらえなかったらもっと傷つく。
それに私の思いは複雑だから、表面的なことしか見ない大人なんかに理解されてたまるか。
自分の思い通りに私を操作したいだけのくせに、
偽善者ヅラして近づいてくんな。
私の庭に土足で入ってくんな。


私の場合はこんな感じです。

変に頭でっかちな大人に囲まれて、現代の発達障害児は日々、強いストレスに晒されているように思いました。発達障害は先天性なものだけど、番組を見ていると、親や周囲がごちゃごちゃ干渉すること(「健常児らしくあれ」という洗脳教育)で、二次障害をこじらせやすくなっているかもしれません。無関心はNGですけど、間違った関わり方は、余計本人をつらくしているように思います。

でも世知がらさMAXのこの日本で、特殊なスキルがない限りは、定型にある程度アジャストする必要はあるでしょうね。でも、人と付き合う「スキル」を身につけて実践することと、「自分が自分らしくいること」、バランスが難しい。余談ですけど、今日自宅のポストに「発達障害児向けの幼児教室」の案内チラシが入っていた。料金が書いていなかったけど、きっと高額なんでしょうねえ。うーむ。