Kotobanoyukue

自分が何者か忘れぬように

人身事故で亡くなった人を思ふ

私が毎日利用する最寄り駅で人身事故があった。非常に感慨深い。死にたいと日々考えてるのは自分だけじゃない。それどころか、同じ駅を利用していたんだなと。すれ違ったり、肩ぶつかったりしてたのかも。インターネット黎明期の「ご近所さんを探せ」を思い出す。近くに住む知らない人と繋がれたときのような新鮮なときめき。


都会で生きることはアノニマスで生きられるということ。満員電車は息苦しいほどアノニマスたちの怒りで充満している。ほとんど殺意といっても良い。普段は気づかないけど、ぶつかりざまに暴言吐かれたり、舌打ちされたりすることもある。そういうとき、生身の怒りに触れて、ハッとする。アノニマスも感情を持って生きているんだなって。


ちなみに子持ちの私ですら、ベビーカーを引いた人には、時折チッとなる。しかも神田うのが持ってるような外国製の馬鹿でかいベビーカーなら尚更。(高級ベビーカー持ちたいんなら電車に乗んな的な)もちろん無関心を装いけれど。中には遠慮なく憎しみの視線をベビーカーぶつけてるおっさんもいる。おっさんの欲求不満に満ちた暗い目を見ると、「醜い」と思うと同時に同じ穴のムジナの自分を恥じる。


アノニマスがふと見せる負の感情、人身事故の知らせ、私は1人じゃないと思う。みなそれぞれ背負い、自分のドラマを生きているんだなと。決して前向きな気持ちになるわけじゃないんだけど。