Kotobanoyukue

自分が何者か忘れぬように

離婚しない理由2

再び離婚の話になるのだが、離婚を考えた時、結論は「無理」だった。

「いつか離婚をするかも」という思いは結婚まもなくからあった。その思いは、時には私を慰め、時には私を鼓舞させ、時には私をハード―ワーカーにした。そっと私に寄り添う永遠のプラトニックな恋人のようなものだった。そして私の心のよりどころでもあった。

でも、いざ「マジで離婚するかも」となった時、そんな恋人はいないことがわかった。生きているだけで儲けもののような私の存在。住む家もある仕事もある、子どももいる。そして私は子どもを自立させるという最大の人生のミッションがある。ここはブレられないから、泣きながら毎日試合に出るしかないのである。会社では使えないアラフォーおばさん、家庭では仕事をしない夫に悩み、一方子どもはそんなことおかまいなしに成長する。家庭を築くこと、子供をもつことがこんな大変なことだと知らなかった。賢い人は結婚する前からわかっているんだろうど、頭が悪すぎる自分は気づけなかった。

私が離婚問題で悩んでいた時「母と子くらいなんとか生きて行けるさ」とアドバイスしてくれた人もいる。うん、生きてはいける。でも生物学的に生きるだけでは、娘は生きる力を養えない。私みたいな超自分勝手で母性も乏しい人間が、母子家庭になんぞなったら、娘は早々にひねくれるだろう。今話題の牛乳石鹸CMの旦那役の姿と、自分の姿がかぶる。あれはまさに私だ。大人になりきれない、夢もあきらめきれない。家族も疎ましい、仕事も本気になれない、一人で生きる勇気もない、どこにも正面切って向き合えない、常に逃げ場を探す弱虫な大人。自分が守られている存在だということにも気づけない愚かな人間。

 不幸な人間は、えてして過去を振り返る。原因探しの海に飛び込み、答えにならない答えを探す。家庭を顧みない活動家であった私の両親は、私が17歳の時に離婚した(というか知らない間に離婚していた)。しかし、当時の自分はそんなことで気を病まなかった。家庭環境に問題のある友人たちとつるみ、人生を楽しんでいた。恋人も作り、メンヘラ―でもなかったし、生きる力に満ち満ちていた。

でも結婚生活で行き詰った。帰る実家もない。両親は、結婚生活で失敗した私に手を広げるような人間ではない。問題がないときはそれで良くても、問題が起こると、機能不全家庭の脆さがあらわになる。

母に夫のことで泣きついたとき、母は「だからやめとけといったのに」といった。「お母さん疲れているから電話切るね」とも。両親の不仲とドライさがボディブローのようにあとから効いてきた。若いときのように、心の隙間を埋めてくれる恋人もいない、親はシェルターにはならない。

そして今思う。私は今あるもち駒で戦うしかないのだと。牛乳石鹸の男から卒業する。足るを知る人間になって、現実と向き合うしかないのだ。

そして成人した娘が、私のように人生に躓いた時、私自身が彼女のシェルターのような存在になっていたいのだ。