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Kotobanoyukue

自分が何者か忘れぬように

バーに求めること

私には定期的に顔を出すバーがある。コの字型で10人入れば満席になるお店。私はアルコールがないと人の目を見て話せない自意識の塊のような人間なので、酒がそこそこ入っていないといけない。かつ自分の門限がない日しかいけないので、滅多に顔は出せないのだけど。

いつもお酒&音楽が好きな老若男女で賑わっているが、もれなくみんなそこのマスターを慕っている(バーはそういうとこだけど)。そこのマスターは、コミュ力が半端ないので、私は彼の仕事ぶりを見にきているようなところもある(勉強になるから)。お酒も音楽もおまけに感じる。場を調整する力と、知己に富んだトーク力。高級ホステスも顔負け。また彼は、「お客さんがひっそりと自負しているポイント」を絶妙なタイミングで、第三者に伝える天才なのである。自分にそのボールが投げられると、酔った頭で「のせられてたまるか」と思う。でもどこかでそれを言われて喜んでいる自分がいる。そのうちでいい気になってデカい夢や最近聞きかじった時事ネタなどを語りだし始めると、私の財布から千円札が消えるスピードが上がる。酒の席の戯言なんてリアルの世界の充電にもならない。翌日、頭痛と寝不足でむくんだ顔で会社に行く。飲酒の無意味さと昨夜のハイテンションに後悔しながら。それでもまたそのうち同じバーの戸を叩く自分がいる。でもバーってそういうところだよね。カウンセリングに5千円払うのも、飲酒に5千円払うのも得られるものは対して変わらない、二日酔いがないだけカウンセリングのほうがましか。