Kotobanoyukue

自分が何者か忘れぬように

親の恋愛(浮気)は嫌かどうか

今日松田龍平太田莉菜が離婚秒読みだという報道が出た。しかも奥さんのほうに新しい男ができて7歳の娘を姑に預けて出てったという。ふう。下世話な話で興奮する。彼女がどんな人か知らないが、画像を見ただけでも、コケティッシュで垢抜けてて、モテオーラ全開なことがわかる。ネットでは奥さんが叩かれていたが、こういう人が恋愛しなかったら、誰が恋愛するというのだろう。そういえば、森田剛宮沢りえが温泉で旅行をしてたという報道が出たときも、「子供はどうした!」と、宮沢りえだけが叩かれていた。お互い独身なのに。宮沢りえが男に抱かれなくて、あの美しさが維持できるわけない。実際のところ、本当に娘は傷ついているのだろうか。そもそも親が恋愛すると、子供はかわいそうなのだろうか。私は違うと思う。

私の父親はよく浮気していた。子供時代、そんな父を「けがらわしい!」とも、母を「かわいそう!」とも思わなかった。「どっちもどっちやろ」とだけ、思っていた。普段がいいお父さんだったら、憎んだり悲しんだりしたのだろうか。うちの親は夫婦仲が険悪だったし、お互いが歩み寄る努力が全く見えなかった。子供にも分かる。「お父さんとお母さんは努力が足りない、消化試合(私の育児が終わるまで)をこなすだけみたいな毎日。クソみたいな夫婦だな」と。お母さんはいつも不機嫌で、お父さんは外ではチヤホヤされるから、いつも外ばかり見ていた。私はそんな母がうっとうしく、父のことを尊敬できなかった。

私は両親が家族のために夫婦を再建する努力を見たことがない。子供の心を傷つけるのはまさにこれ。子供は「親の恋愛(浮気)」よりも、家族円満を成就する努力を放棄している姿を見せられると、本当に根深く傷つく。父が浮気したら、母には怒り狂ってほしかった。浮気がバレた父は、慌ててほしかった。ぶつかり合ってほしかった。できれば仲直りしてほしかった。再建は無理だと見こんだら即別れてほしかった。私に甘えて、露骨に夫婦仲が悪いところを見せないでほしかった。生き方を見せてほしい。私のせいにしないでほしい。(でも私も、この ‘親のせいにする’ 世界観からいつか抜け出さなければならない)

要は、親がきちんと子供に愛情をかけていたら、子供にとって「親の浮気や恋愛」「離婚」なぞ、たいした問題ではないのだ。だから太田莉奈や宮沢りえが「母親として落伍者」なのかどうかは子供にしかわからない。ただm芸能界ウォッチャーの私がいうのもなんだが、外野がぐだぐだ倫理観を押し付けるのは大きなお世話だと思う。

ゲスの川谷くんはモテるにつきる

今日ひさびさに「ゲスの極み乙女」の「猟奇的なキスを私にして」を聞いた。川谷くんは、女心とダメ男の心理描写がうますぎる(とくに彼は、メンヘラの女心を書く才能に満ちている)。長渕剛浜田省吾福山雅治同様、女心を書くのがうまい男が、女にモテないわけがない! まして、ベッキーみたいな「世間を欺いているなんちゃって優等生」なんてイチコロでしょう。そもそもこの二人、恋愛偏差値にも圧倒的な差がありますから。主観ですが、ベッキーは、蒼井優の百分の一もモテないでしょうね。

小中学校から思春期にかけて恋愛強者だった人間の「恋愛におけるアドバンテージ」は圧倒的なものがあると思います。弱者側の人間が、社会人から取り返そうと思ってもなかなか難しい。おそらく川谷くんはずーーーーっとモテてきたでしょうね。きっと14歳くらいに童貞捨ててます。近所の謎めいた美人未亡人に「ここのバラは毎年きれいに咲きますね」なんて、声をかけ、そのまま童貞奪われた、そんな感じじゃないでしょうか。社会人から名刺の力でモテてる人、学生からモテてきた(恋愛経験豊富)の人は、放っているオーラが全然違います。近年、年収が低い男は結婚できないとよくいいますが、私の周りでは恋愛強者だった男は、金はなくとも結婚してますし、結婚してなくとも、まず女には困ってませんね。今でも魅力的です。思春期に恋愛コンプレックスでねじれていないから、自己肯定感が高く、それが余裕に繋がっているのだと思います。ゲス不倫の話に戻します。

昨年は、ベッキーと「ゲスの極み乙女」の川谷さんが不倫騒動で大賑わいでした。私ももれなく既女らしく、スマホでふたりの記事を逐一チェックしてました。あんなバカップル炸裂の生々しいLINEなんてそうそう見れないですもの。社内不倫を見つけてしまった勘のいいベテラン女性社員のような楽しさがありました。あのLINE流出は、個人的にはセックス動画流出より恥、かつ、人を興奮させます。たとえば、私と夫のセックス動画があっても、あけすけかつ、ライオンの交尾シーンくらいさっぱりしていますから誰も興奮しないと思います。

 

流出LINEの一部。「せーの」からの「おやすみ」は、グッとくる。

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要は何が言いたいかというと、川谷くんは、世間にはボロカス言われてましたけど、私は全然嫌いになれませんでした。まーこれくらい肉食系かつ恋愛に夢中にならないい曲なんて書けんわなー、世間はうるさいのうと。ゴシップ的にはオモロイけど、別にかまわんやろと。日本の宝、大谷君を女子アナから守りたいんやったら、おんなじように、川谷にも自由に恋愛させたれやって話(理屈は同じなはず)。基本的には、アーティスト(ミュージシャン、役者、作家etc)には、悪いこともいいこともどんどん経験してインスピレーションを得てほしい。そしてその才能で、凡愚な私をガンガン楽しませてほしいです(ゴシップ的な意味ではなく)。

 

 

 

ダメ親の子供の親離れは早い

最近、娘が私と距離を置いている気がした。私が会社からうちに帰っても目も合わせない。前まで「ママだー!」と、玄関までお迎えに来たのに。ただの親離れならいいけど、気のせいならいいけど、と思っていた矢先、夫から「娘ちゃんが最近、『ママは私のこと嫌いなんだー』と言ってるよ。本人にはナイショだよ。問い詰めないでね。」と言われた。

 

ガーーーん。

ショック。

 

私が娘が嫌い!なわけないやろ!確かに家事はしない、飯も週末しか作らない、家に帰ってもスマホ依存で子供と会話もしない、余った時間と金は、美容とYouTube鑑賞と自己実現投資につっこむ。怪しい占い屋にはぼられる。既婚者子持ちなのに男好きでフラフラする。こんな母親だけど、だけど、娘が好きなんだ!!

 

そして、その話を聞いて即娘に問い詰める私。ママのこと嫌いなの?ママのことずっと好き!なんじゃないの?二人で生きて行くんじゃないの?って。毒親丸出し。。自覚があるから自分の言葉に、自分の心がグサグサ刺さる。娘はめんどくさそうに「そーゆーの飽きたから」と返してきた。ぅわー。大人になってるー涙。

 

我が子がADHDでどうしようって、サイトはよく見る。でも大人のADHDが、どう育児するか書いている本はぐっと減る。やはりストラテラコンサータ飲まないといけないんだろうか。心が薬で凪のような状態になるのか。穏やかになれば刺激を求めなくなるのか。娘のオチのない話、飽きずにちゃんと聞けるかな。

【日常】酒を飲むと死にたくなる

昨日は、子供の習い事のママ友と飲み会だった。ママ友たちはとても常識的で知性的で私よりはるかに「ちゃんとしている」人たち(に見える)。私の底意地の悪さや劣等感の深さ、男好きさ加減、だらしなさ、喫煙者であること、精神薬を常用していることetcなどを知ったら即、私のもとを去っていくような気がする。友達なら去られてもかまわないんだけど、子供がからんでいるので私は良識のある母でいなきゃいけない。だから酒を絡んだ付き合いは避けるのがベターなのに、気が緩んで飲み過ぎた。

 

失言や皮肉が多い私は、日常的に西遊記孫悟空のように、自ら頭にわっかをつけて、「いらぬことをいわぬよう」に生きている。しかし、酒を飲むとこのわっかの存在を忘れ、くだらない人間性がむき出しになる。相手を身踏みするような下品な質問をしたり、逆に不自然なヨイショをして、その場の空気がしらけたり。酔いがさめてくると、時間差で頭の輪にキリキリと頭を締め付けられ、のたうちまわることになる。

 

昨夜もそうだった。調子に乗って話し過ぎた私は、帰宅してすぐに寝るも、午前2時に目が覚めた。このときすでに躁と鬱が入れ替わり、「死にたい~死にたい~死にたい」と、声を上げた(子供にみられなくてよかった)。とりあえず、ヘパリーゼとハイチオールと、胃腸薬と安定剤を飲み、タバコに火をつけた。そして、ipadで「酒 死にたくなる」のキーワードで検索し、同じような人間を探して一瞬の救いを求めた。それでも私の心は落ち着かない。ふと傍らで寝ている子供と夫の寝顔を見て「私が死んでもなんとかなるかな」と思った。いや、違う、私が自殺したら子供はメンヘラになるだろう。将来、つまらぬ男に寂しさを埋めてもらおうとして、恋愛依存になり、あげく(母親が自殺するようなワケあり女は)男に大切にされないだろう。こんなダメダメダメダメ母ちゃんでも、今死ぬわけにはいかない。「死ぬ(ご褒美)」には子供の情緒が安定する成人までお預けだ…。そんなことを考えながら、夜明け頃、中長期型の睡眠導入剤で眠ることができた。

 

飲酒からのパニック状態は、年に1回程度ある(今年は初やね)。これは学生の頃からだ。このパニックの正体は、潜在的に私がゆるーく「死にたい」と思っていることが、アルコールによって表面化しているからだけと考える。アルコールが入らなければ、ここまでひどく動揺することも乱れることもない。

 

私と「希死念慮」の付き合いは長い。私は中学生のころから「こんな邪悪な自分は、会社勤めなんて務まらないであろう」「生きるのって大変そうだから、自分の存在自体を消したい」と思っていた。こんな私は今、会社勤めどころか、子供までこさえてしまい、高コミュスキルが必須の「ママ友」付き合い&ご近所づきあい(夫が地元密着型の店で働いている)をこなさなければならない。家事もロクにしない(できない)くせに、最近はオンラインで通信教育を始めた。自分のキャパ以上のことばかりに手を出して、私はいつも苦しむ羽目になる。今日は長めの瞑想の時間を取ろう。そして最近、さぼり気味になっている、手作り野菜ジュースとジョギングも再開しよう。失敗した禁煙もしよう。ソフト面も大事だけど、まずはおろそかになっているハード面から見直そう。

 

【映画の感想】「ザ・ビーチ」(米・2000年)

レオナルド・ディカプリオ主演のミステリアス・アドベンチャー。自由を求めて未開の地へ冒険する主人公を通し、現実感を喪失した現代のリアルな若者像を浮き彫りにしてゆく。ロバート・カーライル共演。監督に「トレインスポッティング」のダニー・ボイル。刺激を求めてタイのバンコクへとやって来たリチャード。彼はそこで、地上の楽園と呼ばれる伝説の孤島の噂を耳にする。”(引用「YAHOO!JAPAN 映画」)

 

これを見るのは3度目くらい。私の青春時代の映画です。ここ数年間 、私は脳の老化が始まっているので、見たことない映画を見るのがしんどい&アマゾンプライムビデオに古い作品がたくさんあるので、ついつい懐古趣味に走ってしまうのです。うん、でもこうやって人間、老いていくものなんだなと思います。若いときの思い出って美化されていって、だんだん新しいものを受け付けなくなっている。このまま甘んじてたら、ただの老害になってしまうので、ツベコベ言わずに新しい作品(「君の名は」とかも)ちゃんと見ようと思います。

 私の青春時代(2000年代)

学生だった当時(2000年代)、バックパッカーが流行っておりまして、たかのてるこの「ガンジス河でバタフライ」や、蔵前仁一の「ゴーゴー・インド」なんかを私も好んで読んでおりました。海外で自分探しをするなんて言うと、今では鼻で笑われますが、当時はそんな発言も受容される雰囲気がありました。むしろ椎名誠や、沢木耕太郎にあこがれる若者は、「どんどん外に出て見聞を広めるがよろし!」といった風潮だったように思います。ミーハーな私ももれなくその一人でした。「大学生になったのだから海外一人旅をせねば…!」ということで、ベトナムホーチミンに行きました。バックパッカーではなく、普通のホテルに滞在していたから、この映画の主人公ほど気合いは入っていなかったけど、「現状をぶち破る打開策を、外の世界に見いだしてやる」こういった気持ちは、多少なりともあったように思う。そして、得たものもそれなりにあった。たとえば、自分の身を守るために、「ゲゲゲの鬼太郎」のようにレーダーをビンビンにさせることが、ものすごく疲れるという経験。若くて、かわいい女子だった私(21歳)は、常にひったくり、デートレイプ、交通事故、ぼったくりに警戒していた。ここまで緊張感を強いられる経験は、日本ではなかなかないんじゃないかな。日本で生きることは安全なんだなと思いました。

こいつらの自給自足生活はなんちゃってだ!(だからムカつく)

秘境のビーチにある、おしゃれ版ヤ○ギシズムのようなコミュニティは、人間が増えるにつれ、矛盾を抱えきれなくなり、あっけなく崩壊してしまいます。自生した大麻売って現金収入を得ながら毎日パーリーピーポー。こんなパラダイスのようなコミュニティは運営が難しい。(長野県の限界集落大麻コミュも摘発されたね)人に干渉されずに気ままに生きながら、文明社会(快適な生理用品、生活用品)のおいしいどこどりなんて虫がよい。彼らの場合は、なんちゃって自給自足だしね。本当の自給自足なんて、気質(カタギ)から完全に足を洗う覚悟がない人しか、やっていけない世界だ。

 

↓たとえば、こういう人


無人島で孤独に暮らす全裸の男 - In Subtropical Solitude

 

人は国に吸い取られながらも、国に依存し、国に甘えて、そのなかで生きていくしかないのです。凡人はね。今の時代では、高城剛先生やイケダハヤト先生レベルにクリエイティビティにあふれた人ではないと、組織に属さず、国境を越えたり、都心からあえて地方に移住したりという生き方はできない気がする。私は、語学能力も特殊技能もない凡人なので、この国に依存する。少し忙しすぎるけれど、お金がなくても楽しめるし、それなりに満足してる。ただ会社に依存する人生にはしたくないかな。「幸せの青い鳥」ではないけれど、欲しくて仕方のないものは、すぐそこにあったりする。ワンランク上の生活を求めたって、刺激を求めたって、お姫様のような恭しく扱われたって、幸せも不幸せ全ては自分の中にある。その考えをブレずに持ち、たまにバカもしつつも現実(税金とか育児とか老いとか)に向き合って生きていきたい。そんなこと思いながら、この映画を鑑賞しました。

 

学び

この映画の私なりの解釈。

■現実を知るために、若い内に非日常体験をするべき。

非日常を体験すると、自分にとって本当に大事なものは、ごくごく範囲の狭い、身の回りの普通にあったことや人であることに気付くことができると思います。
失敗したって傷は浅い! 若いぶん自然治癒力が高いのです。50過ぎてから非日常体験を求めて、若い女の子に狂うおっさんとかって若いときに非日常体験を堪能してなかったんじゃないかな。(新鮮な気持ちで古女房の尻をなでることもできるのにね)もちろん、年取ってからも非日常体験したっていいんだけど、本気で「やっちまったなぁ!」ってときは、ダメージでかいからね。とにかく、若いうちに非日常を味わうなら手軽な海外旅行がよろし!若者よ、書を捨て、海外に出よう!(古)以上です。

 

ザ・ビーチ (字幕版)

ザ・ビーチ (字幕版)

 

 

 

【ワイドショーネタ】江角マキコと正義

江角マキコ引退!

江角マキコが引退したらしい。

長嶋一茂の妻と確執があったとか。

江角のマネージャーが、

長嶋一茂宅の壁に「バカ息子」と落書きしたとかで話題になったとき、

私は「病んでる人なんだな」と、勝手に確信した。(事の真相はわからないけど) 

結果、潜在的に敵が多かった彼女は、世間やマスコミに

「ほんまは粘着質なやつや!」

「そういうことすると思っとった!」

とふるぼっこにされ、じわじわと芸能界を去った。

私も江角マキコが苦手だった。

私は「正しい」と主張する人が嫌いだから。

だって「われこそ正義」って考え方って、思考停止だから楽チンじゃないですか。

なんだろう、見えないとこから石投げて悦に入るような。

自分の底が浅いから「正しい」って鼻息荒くできていることに、気付いてないような…。だからこそ滑稽で残酷なんですよね。 

数年前「私の何がイケないの?(TBS系)」で、整形やタトゥー、恋愛依存の女性(もれなくメンタルに支障をきたしているお人方)に、美脚を組みながら、超上から目線で本気で説教をしていた彼女。

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でもこの一件で、彼女の場合、私は思った。

彼女の場合、キャラでも表面的でもなく、ガチ中のガチで、「自分のことが正しい!」って思っている人なんだって。

はい、以下妄想続きます。

彼女は彼女のなかでいつも正しいからこそ、時限爆弾をいっぱい抱えてたんではないかなと。彼女の脳は、「出来事に対し、すべてを『正当化』する構造」だった。だからこそ、いつも自信満々でお高くとまっていたんでは…と。

誰だって人に言えないこと、やましいこと、ひとつやふたつ抱えて生きている。

だからこそ、年を取って経験を重ねると、人に対して想像力が豊かになり寛容になれる。もちろん自分の古傷に触れられたくないっていう予防線もあるのかもしれないけど。

彼女だって過去いろいろスキャンダルがあった。フツ―の人は、だからこそ「弱者」には同情的になるもんだけど。それなのにあんなに常に堂々とふるまえていたのは、彼女は中では起こることは「いつも正しかった」から。彼女は「私は正しい」という位置から、いつまでも下りなかっただけという話…。

 「自分教」という宗教は素晴らしいと思います。私は自分がないので、人の価値観に流されまくりです。目の前で起こることにイチイチ反応してしまうので、1日の終わりは精根尽きてます。でも江角さんを見て思った。自分で自分を信じるだけじゃ、足りないのかな、と。

いや、彼女的には、「正しい!」結末なのかもしれないけど。