Kotobanoyukue

自分が何者か忘れぬように

病院の先生に褒められた話

2月から通っているクリニックの先生は鬱治療に徹底的に生活改善をすすめる。抗うつ剤の服薬も始まり、副作用で七転八倒しながらも時間をかけて慣らした。藁にもすがる気持ちで、以下のことをやめたり、はじめてみたりした。


◾️やめたこと

ストロングゼロ

・習慣深酒。

・夜の外食。スーパーの惣菜。

・ランチの外食(ラーメンとチャーハンのセットとか、パスタとか、からあげとか)。

・怒ること。

・オーバーワーク。

・異性とのどうでもいいLINE。←指導されてないけど。


◾️はじめたこと

・ジム通い。筋トレとウォーキング。

・お弁当を作る。

・ミールキットで料理をする(完全手作りは無理)。

・入浴(シャワーだけNG)


◾️まだやめられてないこと

・夜更かし。

・機会飲酒。

・ポテトチップス。


薬の副作用で体重が増えまくり、服薬2ヶ月で5キロ太った。162センチで60キロ目前。もともと痩せてないし、洋服が大好きな私は死にたくなった。服が全然似合わない。というか入らない。この3ヶ月スキニー履いてない。でも、鬱の苦しさはこれを凌駕するストレスで、辛抱強く服薬と運動を続けている。今日、やっとデブ薬を減らして良いと言われた。別に上のことは鬱じゃなくても大切なこと。鬱って生活の破綻から来ているものも大きいのだ。



宇多田ヒカルのプロフェッショナルを見た

録画していたプロフェッショナルを見た。途中で飽きて、戦極17章のDVDに変えたけど。ロンドンのスタジオで流暢(というかネイティブ)な英語でスタジオミュージシャンに堂々と指示を出す宇多田。キャンドルが灯されたスタジオで曲作りに苦しむ宇多田。持て余す孤独とうまく付き合う術を見つけた宇多田。ものづくりは冒険だと語る宇多田。等身大なイメージがあった宇多田が、遠い遠い人に感じたのは私だけではあるまい(笑)。もともと遠いっちゅうねんって話だけど。
私の仕事している姿…。過去にクライアントに出したメールをコピペしながら名前とファイル名と件名だけ変えて送信の繰り返し。「へ」と打ったら、平素より大変お世話になっております。と出る。リスクがあるからというより面倒くさいから冒険はしない。作業に徹する。自分色を出さない。とにかく守りと根回し。損しなければいくらでも頭下げる。プライドなんてないけど、損しそうなときは全力で歯向かう。のめり込むと無意味なプライドが出てしまう。余裕があれば傷つかない。等身大の自分。誰も憧れないなーと思った。ただ、私は私の能力に見合っているなかで一番良い方法を選択し続ける。

良くなりたいから病院に行くという至極当たり前のこと

ウェーイな20代。メンヘラから一番遠いところにいた私は、30を超えて病んでしまった。かかりつけのメンタルクリニック抗うつ剤も何度か処方されたが「私は病気ではない」「医者、とりわけ西洋医学は信じていない」という謎の信念で飲まなかった。でも、もう会社ブッチ家庭ブッチで逃亡寸前だった(この世からも)。

紹介された病院で医師に「もう仕事行けないかもしれません」(行けないとは言いきれない)と訴えると「希死念慮はありますか?」と聞かれた。「はい。イメトレのよう考えてます。あの公園は人通りが少ないとか、ホームセンターで必要なものはあれとあれかなーとか。でも気力がないでイメージ止まりです。はは。」

「あなたは通っているクリニックの先生に、自分のしんどいこととか話をしていないのですか?」

「話しません。診察は『どうですか最近。お薬いつものでいいですか』で終わります。何度か話しましたけど私のことを理解できないと思ったので。患者を診ないレベルの低い精神科医だと思います。(よくいうよな…)」

「あなたは何のためにそこに通っているのですか?」

「安定剤と眠剤もらうためです」

「○○さんは良くなりないから、そこに通い始めたんじゃないんですか。そんなとこ行って何になるんですか」

「…。」

「よくなりたいんじゃないんですか?」

「はい、もっと楽になりたいんです」

「じゃあクリニックを変えてください。まともなところに(笑)。僕が紹介します。そして月1ここでカウンセリングしましょう」

「…はい…。お願いします」

目からウロコだった。

私はよくなりたいと思っていたんだ。

忘れてた。これが2月の話。


その後

久々のブログ。今年の2月、仕事も苦しく、家庭も荒れ果て、毎日仕事終わりに「もう死のう」と思いながらとぼとぼ歩いていた。

とりあえず仕事だけは行こう、家事育児、ほかのこと何もできなくても仕事だけ行くと決め、心に杖をつきながら、クリーニングに行く気力もなく汗臭いコートをまとって満員の地下鉄に揺られてた(今年の冬は寒くて堪えた)おしゃれが大好きなのにもう洋服にも構えず、髪もきれいにできなかった。仕事終わったらアル中に一番近い酒で悪名高いストロングゼロのロング缶2本と、オリジン弁当の惣菜をつまんで眠剤と安定剤口に放り込んで脳をシャットダウン。土日はこんこんと眠るという生活。土日は子供の大切な習い事の送迎すらもできなかった。休職するか、転職するか、離婚するか、東京にいるか、ベッドタウンに引っ越すか、実家に帰るか、考えがまとまらなかった。どの道もハードルがめちゃくちゃ高く思え、身動きできず苦しんだ。この頃夫と子供がどう過ごしていたか記憶にない。苦しくてかわいそうな自分のことしか考えてないから。

そんな時昔の友人になんとなく連絡してみた。私の近況を伝えると、彼女は「はよ病院!!」騒いだ。彼女の指示通り、昔間接的に世話になった精神科医(診てもらった事はない)に深夜に直メールしてみたら、驚きの即レス。すぐに来てくださいということになり、とある巨大病院に。私は6人の精神科医や精神福祉士に囲まれて大げさなカウンセリングを受け、あれこれ指導されて、それをこなす毎日。なんとか今も生きてる。仕事も辞めてない。

UZI逮捕に思うこと

フリースタイルダンジョン」の司会者UZIが逮捕されたらしい。ショックだ。しかも大麻600g! 

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常用バリバリの域を超えている。ニュース動画で大麻画像も見たけど、真空パックできちんと管理されているし、質も良さげ(葉を干しただけとかではなく、プロの手で加工されている様相)。ダンジョンファンの私は、「何ヘマしてるねん」というのが正直な気持ちだった。今のタイミングでこの事件はまずい。シーンの顔の

一人としてうまくやってほしかった。  

 

UZI逮捕の影響

せっかく盛り上がりを見せていたヒップホップシーンはどうなるんだろう。なんだかんだTVの影響が大きい。私は、テレ朝&abemaは手を引くと見ている。続けていても面白い番組になるはずがないからだ。今まで「コンプラコンプラ」で濁していたが、「コンプラ」自体も「コンプラ」になる。司会者を取り替えて、クリーンなヒップホップを売りにしたらそれこそお寒い。 

 

「草吸う・吸わない」問題

バトルでよく「吸う・吸わない」話が出る。代表的なバトラーでは、mol53、漢akaGAMI、BASEは吸うスタンス派、KEN THE390、GOTIT、R指定、Lick-Gは吸わないスタンス派。BASEなんて「リスク背負えないやつにHIP-HOPはできねえ」(うろ覚え)まで言っちゃっている。でも、全体的なムードとしては「吸うヤツ、吸わないヤツ、人それぞれ(言うだけだと証拠もないし)」というムードだった気がする。

 

やっぱドラッグに厳しい日本でHIP-HOP文化の浸透させるのは無理と思った

海外でHIP-HOPが生まれた背景にドラッグ文化が密接している。ミュージシャンも自ら薬物更正施設に入ったことを公表し、復帰した人も死んだ人もいる。私は海外の事情はよくわからないけど、ドラッグに手を出した人間を日本みたいな叩き方はされていないと思う。そのあたりは、日本人より感覚が成熟されているしバランスに優れている。作品愛して、人も憎まずというか。結局、音楽を作っているのは人間だもの。間違いだらけの人間が作っているからこそ心を動かされるんじゃないの?「私失敗しませんから」とか言っている人が作った音楽、私は聴きたくない(プライベートでもあまり関わり合いになりたくないw)。

 

HIP-HOPに罪はなし 

私個人としては、ミュージシャンとか一般人関係なく、その人が薬物に手を出そうと不倫をしようがどうでもいい。税金を横領しているやつのほうがよっぽどむかつく。私はドラッグしないし、ドラッグはむしろ否定派だけど、手を出した人を責めない。だってその人の生き方であるし選択の結果だし。ダースレイダーが言ってた「日本は法治国家だから」という言葉。私はそれに付け加えるならば、「日本は法治国家だけど、HIP-HOPに罪はなし」といいたい。以上バトルキッズ(BBA)の見解でした。

新年を迎えて

新年というのはありがたい。とにかく家庭のゴダゴダを抱えつつも心機一転頑張ろうという気持ちになる。新年にリセットされる喜びから、財布の紐が緩くなる。私はまったくバブルの恩恵に預かれてないが、今の若い子のように悟っていない。それなりに気持ちが浮つく。それは幼少期、好景気に沸いた年末のムードを知っているからだ。その淡い思い出は、亡霊のように私にまとわりつく。そして12月下旬から異様に購買欲が高まるのだ。

年末は正月用の食材を買いに築地に出向き、あんこう、マグロ、タコなどの魚介やお漬物を買い、その足で銀座に。サンローランの新作の財布を買い、年明けもセールでデパートざんまい。今日届いたカードの明細にがっくりきた。たぶん、来月もがっくりくる。収入は新卒OLに毛が生えた程度なのに、金遣いだけは年相応で怖い。でも良い。私は煩悩まみれの凡人として生まれたので、お金を出す快楽は定期的に与えなければならない。物を買うことよりも、クレジットカードを出す瞬間が好きなのだ。私お金がないのにイケナイことをしているという瞬間が好き。例えていうなら、パチンコの糞台に1万円を吸い込ませる感覚。
まあでも働けばいいんだし。自分で自分を満たさねば力が出ない。セールでゲットしたピカピカのネイビーのパンプスを履くことを思えば、会社に行く気になるかもしれない。労働と消費の追いかけっこ、私のような貯金がない不良妻でも日本経済を回してるのだ。参ったか。
使ったお金以上のものが返ってくるはず。お金を使えば誰かが喜ぶ。何かを我慢した先に楽しいことなんてない。

離婚カウンセリングにいってきた

前日の土曜日、離婚のカウンセリングに行ってきた。1時間1.2万。ドケチな私にしては張り込んだというかそこまで追い詰められてた。

家庭の中は密室で、夫の一族も閉ざされているので何がおかしいのか、私がおかしいのか、ではどうしたら前に進むのか何も見えなかった。私の親兄弟は物理的に距離もありそれぞれの人生を生きているので、力になれないし。


無明。暗闇の中で探し物をしている感覚が常態化ていた。こっちかなあっちかなと、答えを模索しているうちにいたずらに時は過ぎ、子供はそんなことおかまいなしに成長する。私は交渉は苦手だし、1人では手に負えないと思った。結婚8年。恨みつらみが募りに募る一方、子供を1人でまともに育てる知恵もキャパも経済力もないのでどん詰まりだった。自立のために働き始めて5年。専業主婦時代の絶望感よりましだけど、子供に十分な教育費、そして手間をかける時間も取れていないのが現状だ。働く前は年収500あれば、自力で大学は出さられそうだと考えたが、思ったより時間がかかりそうだ。


カウンセラーは次は夫の父親を連れてくるように告げた。別居、離婚の際の生活費を義父に工面するように段取りするべきだという話になった。