Kotobanoyukue

自分が何者か忘れぬように

やはり離婚したいのだ

窓際族で仕事暇で勝ち組だったのに俄かに仕事が忙しくなってきて、鬱。仕事が暇な分、離婚活動していた。カウンセラー、友人、家族に日がな相談していた。家族には「自分でなんとかしろ」と言われた。家族にとって私は厄介なヤク中みたいなもんで、定期的に夫に殴られたとか、給料入れてくれないとか、女がいるとか、泣きながら電話するので、すでにウザがられているというか飽きられている笑。さっさと別れて自分でケツ拭けと言われる。親は持ち家プラスアパート一棟、マンション2軒持ってるのに帰って来いとは絶対的いわない。じゃ、金くれ!と、クズ娘っぷりを発揮する私。姉二人が家を建てるとき、ほとんどお金出したんだから、私にもくれと、なりふり構わないクズ娘。渋々翌日100万振り込んでくれた。100万ぽっちじゃ夜逃げぐらいしかできない。現金もふんだんにあるくせにケチだ。

私の親はある意味、子供の自立心を促す立派な親だと思う。でも私はアラフォーになっても自立心乏しく大人になりきれてないので、たぶんやり方としては合ってないんだと思う。クソ旦那と別れられない私が、死んだ目でグルグル同じ場所で回っている上野動物園の白熊みたいに見えているんだろう。無知、無力、愚か。

今日娘のヴァイオリン教室の懇親会だった。とても素面ではいけないので精神安定剤を飲みながら、ワインをガブ飲みして平常心を保つ。娘はうれしそうにお姉様方と談笑。わたしにこの生活レベルを提供できない不安が押し寄せる。ごめん娘。私と2人になったら、やめてもらうよ。まったく生活を変えてしまうよ。でも私はそろばんを弾き、離婚後の生活を考える。恥もない外聞もなく金をもらうとこからもらって娘を育ててやる。

不倫は既得権益者の特権

山尾志桜里推し小林よしのりがいってたけどほんとそう思う。 私も、不倫妄想が湧く周期があるけど、時間もお金もないので庶民には高嶺の花だ。

不倫条件
・第一にデート費用の捻出できるか
・第二に時間を捻出できるか

不倫カップルは外でいちゃつけないので、基本ホテルでデートするだろう。おそらく、いきなりホテルってことはないから、セックスする前にホテルのバーに行く。大きくてまん丸な氷と、ちょこっとしかウィスキーが入っていないピカピカのグラスを2人で傾ける(発想が弘兼憲史
女はどこを見られてもいいように、頭から足指の先までピカピカにするに違いない。ネイル、エステ、下着、こだわりだしたら無限の世界。きっとこれら必要経費を配偶者にばれずに捻出できるひとは一握りだと思う。
デートの下位互換、鶯谷の焼き鳥屋、異臭の漂う鏡張りのラブホだけでも、貧乏サラリーマンの毎月の小遣いが吹っ飛ぶような気がする。
女性だったら、ピーチジョンの化学繊維バリバリのブラ&ショーツ、キャンメイクのセルフネイルと、メルカリで落としたコーチのバッグくらい必要なのだろう。これだけでも、わたしの毎月の小遣いが吹っ飛ぶ(いや、こんな不倫するくらいならわたしは出家する)
家計を圧迫して得られるものはセックスだけ。バブル雑誌「ホットドッグ」で紹介されてたようなデートを既婚者がすれば、日本経済が潤うにちがいない。夫婦円満は、日本経済を停滞させる。
お金だけじゃなくバレないようにするスキルも必要。配偶者に疑われない高等技術と厚い財布双方がないと無理。ほんと特権階級様のものだと思う。
私のママ友のママ友が不倫ワールドにどっぷり。物でプレゼントをもらうと旦那にバレるのでエステ代とネイル代を出してもらってるらしい。ネイルとかまず男の人は見ないので、なるほどーと納得。でもおっさんに抱かれるための性玩具として身を磨いているのって、虚しくないのかなと思う。
東海林さだおがすべてのパワーの源はモテ願望にあるって言い切ってたけど、不倫セックスはバレたら世間からフルボッコだし、素人が手を出すものじゃないよね。庶民にはマネができません。

出世したくないんじゃなくて、できないって話

最近仕事が暇すぎて、YouTubeで作業用雨音を聞きながら、10分で書き終える記事を1時間かけて書いている。窓際なので、たまに向かいの汚いビルをぼけっと眺める。

私の部署は層が厚い、上がつかえている、かつ私の能力も高いわけではないので、どうも出世しなさそうだなと思っていたが、周りが役職がつきはじめ、ぼんやりとした予測が現実になってることに気づきはじめた。 

私は出世しないのではなくて、できないのだ。この私が出世街道がどうとか、レールがどうとか考えるなんて。会社ってつくづく恐ろしいとこだ。大笑いだ。世の中、斜めに構えてぼーっと突っ立っていたら、周りは違うステージへ。本気で仕事するなんて、ちょっと違うよね?という、スタンスがちょっと揺らいでいる。でも、きっと出世しないことより孤独が問題なのだと思う。社内外交もしないし。 

私はプレーヤー平社員としてどんな心構えであと30年近く働くのか予測がつかない。毎日自殺しに行く心待ちで会社に行って、毎月機械的に振り込まれる給料だけを受け取り、それはマッサージや鍼灸などの心身メンテナンスと子どもの習い事に溶かし、そしてまた週明けも自殺する心待ちで会社に行く。夜は娘が寝たら1mmもソファから動かず、酒を飲みながら海外ドラマを見るという知的さのかけらもない生活。 

とはいえ、土日は自主的に勉強はしてるし、情熱はないものの、目の前の業務には真面目に取り組む。でも、それじゃ足りんだ!という、謎のプレッシャーを1人で感じ、1人で焦っている。誰もけしかけても期待もしていないのに。 

先日むかし登録していた転職サイトからスカウトメールが届いた。タクシー運転手の仕事だった。ここで死んでも、まだ生きる道はありそうでほっとした。

田代まさしは薬物からの復活者のアイコンになれるのか

ちょっと古い動画なんだけど、田代まさしと漢a.k.a.GAMIがコラボした動画が面白かった。
 
田代まさしの姿を「再逮捕」報道以外で見たのは久々だったし、良い意味で開き直り、ギャグまでかまして元気そうに見えた。率直に、今のところは薬物から離れられている様子でうれしく思った。
 
※ちなみに、動画内で田代まさしが「Just for today」という薬物更正施設(ダルク)でよく使われている用語を口に出したとき、吹き出した。わかる人だけわかるという、まさにHIPHOPの世界。マーシーおもろいやん。
 
私は薬物依存から復帰した人間が「薬物」を語るとき、別に真面目1本調子じゃなくと思っている。世間の人は、清原やノリピーみたいに涙を流して誓いを立てる姿を見て納得したがるけれど、きっと本人達の思いはもっと複雑だ。
 
とくに、メディアは薬物依存から抜けた人を画面に映し出すとき「心を入れ替えた」「真面目になった」というように見せたがるけど、たぶん真面目に、なっちゃあいないw 
有名人の場合、社会的制裁を受けた上、今後の人生「品行方正」で生きることを強要されているようで、実に気の毒に思う。
 
薬物でも不倫でも、他人に「反省しろ」とか言っている人、本気で意味わからない。
 
そもそも「覚醒剤」までいっちゃう人の大半は、根っからの「ワル文化」好きだったり、カルチャー好きだったりする気がする。そういう意味では、本人の持って生まれた気質がたまたま反社会的で、お気の毒という見方もできる。私は不良キャラに憧れる陰キャで不良になれなかったけと゛
不良というものは、貧乏に生まれても、ボンボンに生まれてもなるべくしてなるというのが、私の持論。
 
また、薬物逮捕者に同情する点もうひとつ。ドラッグは、音楽やファッションなどのカルチャーとも繋がりが深い。逮捕をされると、周囲の人間からのプレッシャーで、自分が慣れ親しんできたカルチャーそのものまで否定しなければいけなくなるのが悲しい。DJまでやっていたノリピーは、きっと今でもチャンスがあれば、海外のコアなパーティーでブチアゲたいと思っているはずだ。
 
その点、このMVにも出ているがラッパーD.O(大麻取締法違反の前科アリ)は、いびつながらも。リアルでいること、ウソをつかないことのバランスを取っていると思う。
薬物で復帰した日本人アーティストは、そのことについて決して触れないで、なかったことみたいな顔しているけど、D.Oみたいに曲にしてほしいな。マッキーなんて、覚せい剤依存からの帰還者としてのカリスマになってもいいと思うんだけど。

私が選んだのはカスかもしれない

 風邪をひいた。自分の空咳で目が覚めて、リビングに行く。いつもリビングで寝てるはずの夫が帰っていない。そういえば、今月に入ってからほとんど帰っていない。 

 

娘を学校に送り出し、熱を測る。37.2。微妙な体温に舌打ちしながら、会社に少し遅刻する旨の連絡を入れる。体が猛烈にだるい。換気扇の下でタバコを吸いながら、コーヒーを沸かしていると玄関から鍵を開ける音がする。ようやくのご帰還か。


本人はやたら明るい調子でなんやかんや話しかけてくる。一通り私の機嫌伺いをした後、どさっとソファに横になり、「松本人志のドキュメンタル」を見始め、速攻でワハハと笑ってる。

ビビット見たいから変えんといてくれる?」初めて夫に声をかける。「ああ、ごめん」のビビットに変える夫。別にビビットなんて見てないんだけど。ドキュメンタルを取り上げられた旦那は、スマホポケモンGOをし始める。娘との交流の建前で始めたゲームに完全にハマってるおっさん。急に「よし!パパと置きに行くぞ!」とか、よくわからない用語で娘とキャイキャイしてる。お前が置きたいだけろが。

 

ほとんど残したコーヒーのマグカップを洗い無言で会社に行く。玄関先で「松本人志のドキュメンタル」の音声に変わってることに気づく。エレベーターで上階に住むやたら子沢山なファミリーと乗り合わせ、笑顔で挨拶をする。マンションを出ると近くの小学校から子供たちの笑い声が聞こえる。風が冷たいのに、すでに冷や汗をかいている。平和な朝なのに、なんでうちの家はこんな殺伐としてるんだろうって思う。


崩れる 結婚にまつわる八つの風景 (角川文庫)

崩れる 結婚にまつわる八つの風景 (角川文庫)

「私が選んだのはカスかもしれない」

貫井徳郎の小説の一節を思い出す。

この小説の主人公は、無職(イラストレーター)の夫とニートの息子を養う働く母の話だ。

「私が選んだのはカスかもしれない」

この気持ちが私にはよくわかる。カスだと気づくのって意外と長い時間がかかるのだ。相手が変わるのが待ちながら時は過ぎ、確信した時は、もう身動き取れない状態になっている。

ネタバレすると、この主人公は夫と息子を殺害するんだけど、私はどうする?たぶん何もしない。気力が、気力がない。

mcバトル 観戦記1

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UMB東京予選2017@恵比寿リキッドルームに行ってきた。一人女でMCバトルを初観戦してきたので記録しておく


私はニワカのフリースタイルファンで、周回遅れも甚だしいのだか、夜な夜な、UMBや戦極のDVDを見ている。日に日に「会場で『うえーい』したい」「バトルを生で見たい」という欲望がつのるものの「若い子ばかりだろうな」「音源も大して知らないキッズ?てかオバさんが、一人観戦ってヤバいでしょ…」という自意識が勝っていた。

私はもともとクラブ遊びが好きだけど、子どもを産んでから1度しか行っていない(しかも昼イベント)。あとは子供を連れての代々木のフリーイベントくらい。その理由に「クラブは、ニワカ、太っている人は行ってはいけない」というレペゼン田舎者らしい信条があったからだ。また、夜遊びという“現場”から長年離れてる自分がノコノコいって、シーンが壊してはならないという真面目な気持ちもあった。クラブとライブハウスで行われるMCバトルは別物かもしれないが、とにかくいろんな意味で「浮く」のはツライと思った。

しかし最近読んだ、湯山玲子「四十路越え」で、湯山さんが39歳にしてクラブデューを果たしたことに触発され、「よし行こう!」という気になった。興味本位の枠を超え、しっかり「クラブカルチャー論」の本まで出している湯山さんのような先駆者がいることに励まされたのだ。やりたいことやればいいかなって。私は彼女のような音楽の基礎教養はないし、文章もうまくないけれど、「私でも大丈夫だったよ!」というレポができればと思う。

恵比寿駅は冷たい雨がぽつぽつ降っていた。会場の時間まであと5分だが、恵比寿横町を通り過ぎることはできず、レモンサワーを2杯飲んで会場に向かった。チケットとワンドリンクのお金を払い、1時間遅れでいざ入場。

たしかに会場にいる子は若い。若いけど違和感。思ったより、キャッキャしていないのだ。ヒップホップシーン特有のものかも知れないけど、moel53 みたいなすさんでいる陰キャ系が多い印象。田舎でチアリーディングやっている私の姪っ子のほうが100倍弾けている。

<ラウンジで見た人たち>
・キャップ、ラージサイズのパーカー、腰ばきジーンズの20歳前後男子。
・ラウンジ中央で立ち話をする、いかにもなクリエイター系の30~40代集団(よく見たらMC正社員と八文字の姿も)
・大学院生っぽいふっつーのカップル。女子はボブ、白ニット黒スカートで、ポシェット。男はジーンズネルシャツ、メガネ。
・上下ジャージ姿の茶髪のやんちゃ系男子集団。電車乗り継いできた感じ。
・パーカーに薄汚いジーンズ、負のオーラを放つ低身長陰キャ系Bboy(実はバトラーだったりする)
・男女混合で来て、ソファを陣取るリア充っぽい大学生たち。

うん、大丈夫!思ったよりオラオラしてる人も、バーバルみたいなオシャレパーティーピープルもいない! 安心した私はバーカウンターでビールをゲットし、総当たり表を眺めて人気MCの出番を確認しつつ、そそくさと会場に向かった。

続く

発達障害児の言葉を意訳してみた

この前NHK発達障害児をもつママのお悩み座談会のような番組をやっていた。
「そうなの~わかるわかる」と私がうなずいたのは、ママたちではなく当事者(発達障害児)の声だった。

彼らは幼いので、自分の気持ちを人にうまく説明できないし、大人に「理解されないこと」に慣れている。また、これまでの経験から、自分がいわゆる「大人受けしない」子どもであることは理解しているので、自分に自信がない。無条件に人に受け入れられる経験が不足しているので、ついつい突っ張ったような物言いをしてしまう。

ここで、発達障害児「あるある」ワードから、私なりに意訳いたします
(異論は認めます)。


・「イヤだ!」「したくない!」

→(意訳)

感情のマグマが爆発して戸惑っている。
人に説明なんてしている余裕はない。
被害者はお母さんじゃなくて、この私。
そこんとこはっきりさせてから出直せ。

詰問されると、余計に答えたくなる。
暴れてやる。困らせてやる。
でも本当は制御不能の自分を受け止めて欲しい。


・「知らない!」「わからない!」

→(意訳)

自分の気持ちがいいたくない。
思いはあるけど、うまく言葉にできないし。
どうせわかってくれないし、もしわかってもらえなかったらもっと傷つく。
それに私の思いは複雑だから、表面的なことしか見ない大人なんかに理解されてたまるか。
自分の思い通りに私を操作したいだけのくせに、
偽善者ヅラして近づいてくんな。
私の庭に土足で入ってくんな。


私の場合はこんな感じです。

変に頭でっかちな大人に囲まれて、現代の発達障害児は日々、強いストレスに晒されているように思いました。発達障害は先天性なものだけど、番組を見ていると、親や周囲がごちゃごちゃ干渉すること(「健常児らしくあれ」という洗脳教育)で、二次障害をこじらせやすくなっているかもしれません。無関心はNGですけど、間違った関わり方は、余計本人をつらくしているように思います。

でも世知がらさMAXのこの日本で、特殊なスキルがない限りは、定型にある程度アジャストする必要はあるでしょうね。でも、人と付き合う「スキル」を身につけて実践することと、「自分が自分らしくいること」、バランスが難しい。余談ですけど、今日自宅のポストに「発達障害児向けの幼児教室」の案内チラシが入っていた。料金が書いていなかったけど、きっと高額なんでしょうねえ。うーむ。