読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Kotobanoyukue

自分が何者か忘れぬように

アニメ「クッキングパパ」の新しさ

Amazon Fire TVで「美味しんぼ」が見終わったので、最近「クッキングパパ」を見始めた。なんと1985年から連載が始まり、今も連載中という長寿漫画。アニメは92年に放送されたという。当時小学生だった私は、ファミリーアニメが苦手なのに加え、博多が舞台というのもどうもそそらず、見たことがなかった。それが今、めちゃくちゃハマっている。

斬新な設定は今でも結構斬新

当時は、「キャリアウーマンの母、家事育児(とくに食事作り)の一切担う父」という設定が斬新だったらしい。4半世紀経った今でも、こんな夫婦がほとんどいないのが、ちょっぴり悲しい。このデータを見ても、両親ともにフルタイムの場合、食事を作るのは主に「妻」なようである。うちはスーパーの総菜、オリジン様様なので、父母どっちもやっていない(爆)

SUUMOジャーナル調べ、 2016年「フルタイム夫婦の家事分担、実態アンケート」男女(n=300)

f:id:kotobanoyukue:20170417174432j:plain

今の時代とたいして変わらないところ

○共働きでがんがん料理する男性は珍しい。
→娘が都心の保育園に通っているが、私の周りでパパで日常的に料理しているのは、1割ほど。
注:スパイスにこだわった男のこだわり料理的な人はわりと見る。片付けはしないので奥さんに嫌がられている上、おいしさに同調を求めるので、家族は若干辟易している。

→こどもがいる場合、よっぽど奥さんの稼ぎが良くない限り、妻が家事を多く分担するのが多数派。(稼いでは欲しいけど、家事ができるキャパを残してほしいっていうのが、既婚男性の本音じゃないでしょうか…)※とくに団塊×専業コンボの息子はできない人が多い(そうじゃない人すみません)。

今の時代とかなり変わったところ

○OLが、堂々と取引先の人間にセクハラをされている。
→今なら、人生棒に振る可能性も。
○独身女が既婚のイイ男にポーッとする。
→「これは本当にこども向けのアニメだろうか」と言いたくなるくらい、夢子ちゃんが不倫願望をむき出し。今の若い子のほうがもっと地に足を着けて生きているような…。
○田中みたいな仕事のできない人間が会社にいる。
→牧歌的な時代の象徴。こんなふざけた社員がのうのうと会社生活を謳歌しているのを、私は見たことがない。
○アルコールを飲むシーンが多い。酒乱に甘い。
→成人は「酒が飲める」前提。
○パチンコに甘い。
→今なら炎上ですな。

これらはアニメ版「美味しんぼ」にもあるあるシーンです。妙齢の女性への「結婚はいつ?」いじりも普通にある。職場が職場なら降格もありえる(それも窮屈だよね)。

まとめ

当時に比べ今は、性的ハラスメント・酒・喫煙には劇的に厳しくなりったが、家庭内における女性の労働改善はたいして進んでいないように見える。

未来を見据えて新しいファミリーアニメを考えてみた。

○シェアハウスで子育てする男女
…phaさんのような「会社で働きたくない」男女が住まうシェアハウス。そこに住む女性(アルコール依存症)が、同じシェアハウスの男とはずみでセックスをして妊娠。ぐだぐだ悩みながらも、出産。母親がネグ(男は蒸発)で、見るに見かねてシェアハウスのダメ人間達が立ち上がる!こどもの成長、そして育児参加を通じて社会に関わるダメ人間たちのゆる~い成長を描くホーム&ヒューマンアニメ。目標は「こどもをリア充に!」。

なんてどうでしょうか、

ウェアラブルEXPO 2017の感想

備忘録。今年の1月にウェアラブルEXPOに行った。最新のウェアラブル端末から、IoT、AR/VR技術、最新ウェアラブルバイス開発のための部品・材料など、ウェアラブルに関する商品をみることができた。私はメカにはめっぽう弱いのだが、それでも感じることがたくさんあった。最新のものは何でも触れて損はない。表参道で髪を切るのと同じだ。

がっちり管理社会は進む

エキスポの感想を一言でいうと「管理する」被支配者の都合の良い社会が進んどるな~に、尽きる。たとえば、巨大倉庫の作業員がどこの棚に何秒作業しているか、ひと目で把握できる空間情報システム。当然、作業員の移動履歴も残るので、人員の配置(削減)を効率的に検討する材料になる。今でもGPS機能を使えば簡単に人の位置を捉えられるが、3D(たとえば何階にいるか)をひと目でわかるシステムは珍しいのだろう。正直怠け者の自分としては、このシステムは恐怖しかない。より“管理されない人材”になるためにスキルを磨き続けないと、より家畜に近づくのだろう。私の世代的にギリギリセーフかもしれないけど、今の子どもが社会に出るときは、管理者と家畜の二極化が進んでいるのだろうと思った。

サービス業の高級化

ホスピタリティがさほど求められないファーストフードなどのサービス業は、どんどんロボ化が進むと予測されている。この流れから、生身の人間を介する体験の希少価値が高まるんだろうなと感じた。

たとえば
三越のような高級デパートは、庶民には行けないようになる(今の外商員みたいなかんじ)
・匠の技を持つ、寿司職人がいる飲食店などは、さらなる付加価値が生まれる(高級寿司or回転寿司の2択が進む)
・人間に介護してもらえるのは、お金持ちだけ。
・風俗業のスキルアップ。かわいいだけじゃ客を取れない。

より人間に近いロボット

今回私が注目したのは、やわらかいロボットや弱いロボットだ。たとえば、公園などを巡回する警備ロボット。やわらかい素材でできているので、人とぶつかっても痛みがなく、あえて弱々しそうな外見にデザインすることで、子どもを怖がらせなることがない。日常生活に入り込んでくるロボットは、より外見的にも触感的にも、人間が親しみやすい「生き物」に近づけられることが求められている。

それっていろいろ大丈夫なのか?

「弱いロボット」を見ながら、私はこんなエピソードを思い出した。イスラエルの集団農場キブツで、より「合理的な子育て」を求めて、複数の家族が時間を分担して乳幼児の世話をしていた。しかしこれの弊害が、彼らが大人になったとき、対人関係が不安定になりやすくなったらしい。自動化・合理化が進んでも、人間は愛情や愛着行動を必要とする。技術革新により、一時的にそれらが満たせたように見えても、じわじわと人間の脳(情緒)に悪影響を及ぼすのかもしれない。いや、絶対おかしくなる。

我が子がロボットに支配されないために

私は一応、人の親なので、子どもがロボットに支配されないために、下記のスキルを身につけさせたいと感じた。英語なんかじゃない。絶対的な人間力だ。

・生身の人間と会話する力(Liveであること)
・運動をすること(体を鍛える)
・実際に触れること(触感)
・人を愛すること(思い通りにならない)
・自分の頭で思考すること(家畜にならないために)

つくづく私は黒電話の時代に幼少期をまったり過ごせて良かったと思う。

 

余談(下ネタ)

東京MXの「5時に夢中」の番組内で、VRを用いたアダルトグッズが注目されていることを伝えていた。岩井志麻子「(スケベな私は)1周回って、畳の上のせんべい布団でやる正常位が一番だと思っている」と、コメント。つかさず中瀬ゆかり「そういうVRも出てくるかもしれないね」と返した。志麻子の変化球に対する中瀬ゆかりの反射神経は半端ない。ブスは余計で興奮するとか、おっさんのねちこいのがいいとか、世の中いろんなニーズがあるからね。深く考えさせられました。

30過ぎたら年下の友達が増えた

もともと私は年上の友達が多かった。年が離れた兄姉をもつ末っ子のせいか、根っから甘えた(依存体質)なのである。切り分けたケーキは、自分が一番大きいのをもらって当然というメンタリティである。また思ったことをすぐに口に出すので、同学年の反感を買いやすく、相応に痛い目にも遭った。この質のせいか、付き合う友人は、必然的に懐が深いオッサンばかりになった。小学校高学年のときの一番の友人は、近所の中年男性。同じ絵画教室に通い、そのあとお好み焼き屋に行くのが週末の恒例だった。学生の頃、によく遊んだのは、40代半ばの学校教師。今思えば、当時の自分は、若さや女性性をチラつかせることでしか、人間関係が築けなかったのかもしれない。当時はそんなつもりはなかったけど、まともな同世代や同性には、相手にされなかっただけだったいう側面もあったと思う。この年上大好き傾向は、30歳頃を境に変わる。

30代で社会性を身に付けはじめる

一応世の中では20歳で成人だといわれているが、私の場合でいうと30歳くらいのときかなと思う。

・結婚を機に、選択権のない人間関係が強いられた
・子どもができたのを機に、難しい役所関係の書類処理しなくてはならなくなった
・外見的な衰えや既婚者という立場から、男性に異性として見られなくなった
(異性を頼れなくなった)。

これらの体験を通して、ゆっくりと成人したなぁという感じ。20代のときは、肩書は会社員でも、社会人として体(てい)を成していなかった。携帯電話やクレジットカードの支払いの遅延が多く、何度か解約させられた。住民税の支払いをシカトしていたら、会社に督促の電話がきたこともある。家はゴミ屋敷。貯金なし。男性を傷つけるのも平気だった。異性に免疫のないような男性を、気が向いたらからかい、飽きたら完全無視みたいなことをしていた(嫌な奴)。

でも子どもができてやっと私は「普通の人」が「普通にできていること」が人並み以下だけどなんとかできるようになり、大人になった。そしていつの日か、私は新規で人と「仲良くなれそうだな」と感じるのは、年上ではなく、年下オンリーとなった(私の見た目が若いとかではない)。同じくらいの年の人は、いつも「いつ叱られるか」とヒヤヒヤする。「年下友達の増加」現象は、私が「健全な人間関係」を、昔より築く力が付けられたことの現れだと思う。性差や年齢を武器にしないで良い人間関係は非常に心地が良い。

 

スメルハラスメントとセックスレスの相関性

会社に何人かワキガがいる。その人間の半径1.5メートルくらいは腐海のごとく瘴気に満ちている。私は息を止め「南無三!」と通り過ぎる。私は結婚前はよくクラブに行ったが、クラブは基本的に汗をかく場所かつ外国人が多いので、度々ワキガ野郎と遭遇する。機嫌よく踊っているときに、ワキガ野郎の存在をキャッチすると、一気に落ちて絶望的な気分になったものだ。

私は元々おそらく人より嗅覚がやや鋭い。しかし最近、この嗅覚の鋭さに磨きがかかってきたように思う。生理中、もしくは生理前後の人のニオイもキャッチできる。中年男のノネナール臭(加齢臭)はもちろん、新陳代謝が活発な20代女性の、獣のような疲労臭も拾う(「うーむ若い」と思う)。また、日々満員電車に揺られているので、いろいろなニオイをかいでいる。何も自分のこと棚上げにしてるわけではない。私は汗かきだし、体臭もある。特に生理前はニオイがキツくなるので、常にファブリーズとデオドラントを持ち歩いている。うちにもファブリーズが3本くらいある。

私は自分のニオイにいろいろ敏感になったのは、セックスレスが原因だと考えている。片手じゃおさまらない年数、私たち夫婦は営みをしていない。そして世の中のデオドラント意識が異常に向上しているのは、セックスレス増加が背景にあるように思う。外国人がワキガ全開で平気でいるのはお国柄もあるけど、そのぶん「アッチ」はお盛んなんじゃないのかなと。

セックスはニオイに満ちている。肉体と肉体のぶつかり合いでぼとぼとしたたる汗、体液、唾液。。。これを日常的に嗅いでいる人は人間のニオイにも鈍いというか、寛容になれる気がする。そしてそれこそがまっとうな気がする。人間はニオイを発する生き物だから。

セックスは「ニオイを発する自分を(相手に)受け止めてもらう」行為だ。セックスを介して、自分の肉体に肯定感が得られるような気がする。私は正直、自分の出す体臭を受け入れられないし、相手の体臭も受け入れられない。

世の中、いろんなメーカーが男のニオイケア商品に注力している。「夫が臭い!」と嘆く女性も増えている。私、「夫が臭い!」って嘆いている人って、もれなくセックスレスだなんだと思ってる。セックスレスが先か、夫が臭くなったのが先か…それはわからんけども。この先、私の嗅覚はまだまだ向上するポテンシャルがありそうだ。でも正直、いらん能力だと思う。

「祈ります」とかいってる安倍昭恵氏はずるい

騒動になる前から安部昭恵の奔放っぷりに驚いてた。「総理夫人が、こんなとこ顔出す!?」(思想的なものも含め)という超マイナーな講演に顔を出していたことを私は知っている(三宅洋平関係ではなく)。彼女はあくまで私人として人と人をつなぐのが自分の仕事と自負していたらしいが、それはあくまで安倍晋三の権威があってこそ。それを、彼女は理解していたのだろうか。

 

彼女は生粋のお嬢であり「困った人には手を差し伸べましょう」みたいな「いかにも聖心らしい教育」を受け、そのまま大人になったような人だと私は認識している。無警戒でスピリチュアルなお嬢様が籠池氏みたいなチンピラにほだされた。森友問題は起こるべくした起こったのだ。そこで夫人のコメント「祈ります」はずるい。(たとえ、周りに「おまえはしゃべるな」と言われていたとしても)

 

自分がいつでもきれいなところできれいなものだけ見ている。ノブレス・オブリージュ気取るのもいい加減にしてほしい。お目出度いボランティアおばさんの最強権力者バージョン。人と人をつなぐことに、どれだけ責任感を伴うか、自分が周囲にどれだけ影響力を及ぼすか理解していない。自由に生きたいなら、自分のケツ、自分でふけ。もっと極端にいえば、安部と別れろ。優秀な補佐を置け。人間、間違うことだってある。彼女がとった軽率な行動は、取り返しがつかない過ちだと私は思わない。でも権威と思想のいいとこどりなんて、そうは問屋が卸さない。

30代初見の「トレインスポッティング」の感想

30代初見の「トレインスポッティング」の感想

私は思春期の頃、この類のオサレムービー(「時計仕掛けのオレンジ」とか)にアレルギー反応を起こす質だった。当時は若気の至りで、似非サブカル野郎叩きに熱中していたのだ。「似非」を暴くことに必死で、ほころびを見つけては「正体見たり!」と、喜んでいた。(「オモコロ」出身のサレンダー橋本「恥をかくのが死ぬほど怖いんだ」で、まさに私みたいな若者が出てくるんだけど、「この感覚って今の若者でもあるんだ」~と感慨深くなった)。

 

f:id:kotobanoyukue:20170320013018j:plain

恥をかくのが死ぬほど怖いんだ。 (小学館クリエイティブ単行本)

恥をかくのが死ぬほど怖いんだ。 (小学館クリエイティブ単行本)

 

 それから20余年。就職し、結婚し、人の親となり・・・今の私なら、かつての「中二」な拒否感も緩和されたかなと思い、ついにトレスポを鑑賞!

 
…うん、やっぱりおしゃれだった。

この映画が流行っていた当時は、この映画のジャケがプリントされたTシャツを着ている人をよく見かけたが、鑑賞後、「ジャケに偽りなし」と、感じた。「若者・ドラッグ・暴力・セックス・刹那・怠惰・おしゃれ」うへぇ。げっぷがでる。そういう意味では、パケにいつわりなし。

薬物依存症を悲惨に描かない違和感

私は身近に薬物依存症がいたので、ドラッグムービーの見方が独特なんだけど、この映画からは「ヘロインの怖さ」が、まったく伝わらなかった。「そもそもそういう啓蒙映画じゃねーから」っていうのは大前提であるんですけど。にしても、「トレスポ」におけるヘロインの描き方は、軽いんです。この映画全体を通していえるのだけど、薄汚い現実を気取って描きすぎて(赤ちゃんがネグレクト死する)、美しいもの(ヘロから得られる多幸感)を、薄汚く描きすぎなように感じました。この「オシャレなウソ」の空気感は、この映画全体を覆っている。15歳の時、映画のジャケを見て感じたモヤッと感は、20年越しに鑑賞した今も変わらなかった。

マネージャー職を目指す、真面目人間に告ぐ

不真面目なやつを使え!

不真面目な私は、真面目な人が私は嫌いだ。なぜなら真面目な人は、「他者依存」の人が多いのだ。自分がどう思うかより「人に良く思われたい」「人に嫌われたくない」という考えが一番にくるため、「良く思われたい対象(たとえば上司とか先輩とか)」には好かれても、私のような下位プレーヤーの人間をチンケに扱うからだ。真面目人間は、オラオラ系リーダーの手下に置くのはとって、もってほかない人材だけど、リーダーが消えれば、下の人間に嫌われている分、存在価値も急降下。幼児のときからリーダー経験ゼロ(メインストリームにすらいたことがない)、友達も片手で数えるほどしかいない人生を30余年やっている私は、そう思う。

私みたいな欠陥人間を救える人間こそが真のマネージャー

私は不真面目かつ怠け者なので人からよく嫌われるが、そんな私でも「拾ってやろう」と思う賢者(変わり者)がいる。これまで私の人生のターニングポイントに賢者はたびたび現れ、窮地を救ってくれた。高校中退した私を、2か月で大検合格に導いてくれた家庭教師(リアル「ビリギャル」の世界w。大検は簡単だけどね)。留年スレスレ、卒論提出5か月前の時点で、非リアバイトに明け暮れて(清掃とか工場とか)な~んにもやっていない私を指導してくれた他学部の教授(自慢じゃないけど、卒論の評価はA!)。社会人2年目、会社で腐っていた私を、他部署から呼び寄せてくれてた上司。彼らはもれなく変わり者かつ、「人たらし」だった。ヤンキー先生夜回り先生じゃないけど、腐っている人間は愛に飢えていることを知っている、そして、ちょぴっと愛をかけることで変容することも知っている。マネージャーになるべき人間はこれを知ってほしい。私はこの先、一生ヒラだと思うけれど。腐れ野郎は、‘’ちょっこっと愛情2割増し‘’で10倍パワーが出るのだ。身の周りに「箸にも棒にもかからぬような」使えなさそうな奴がいたら、チャンスだと思ってほしい。真面目人間よ、使えない奴を使いものにしようとしろ、目をかけると10中、2~3割で当たって、キャリアに繋がることを知ってほしい。なぜなら、私を導いた人間は、ほぼ全員出世している。(社内のリーダー職⇒役員、非常勤⇒教授)できる人間を教えるのは誰でもラクチンかつ、誰でもできる。おまえじゃなくてもそいつは育つ。出世したいなら、できない人間に目をかけるべき!